妊娠の日記

腹痛と出血②

お医者さんの言ったとおり、それから1週間くらいは出血がダラダラと続き、3日目くらいからはおりもの用のシートでも間に合うくらいになりました。

ほとんど出血が無くなってからも、トイレに行くたびに怖くて、少しでも下腹部に痛みがあると胸が苦しくなりました。
でも、この出血のおかげで、つわりの苦しみなんて赤ちゃんが無事でいてくれることに比べたらなんでもない、と思えるようになり、もっと来い!!いくらでも来い!!!とかそんなことを考えていました。

3週間経ち、だいぶ気持も前向きになってきた13週目の終りのある日。悪夢が再びやって来ました。

前回ほどではないものの、おりものとは呼べない量の出血です。ただ、色は前回のような真っ赤な鮮血ではなくて、茶色っぽい出血でした。
翌日、再び病院へ行きました。
すると、今回は「絨毛膜下血腫」との診断名。妊娠初期にはよくあることだと言います。
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以下妊娠用語辞典からの引用:
絨毛膜下血腫とは、子宮壁から胎盤がはがれることによって起こる出血です。胎児の成長に伴い子宮が大きくなるにつれて、胎盤が引き伸ばされたり、少し剥がれたりすることがあります。これを絨毛膜下血腫(じゅうもうまくかけっしゅ)といい、妊娠初期にはよく見られることで胎盤が完成される妊娠4~5ヶ月には治まっていきます。
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今回の出血は自然に吸収されるので心配ないですよ、と言われひと安心でした。
20週までは積極的な運動は避けて、出血が治まれば家のことをやり始めるなど少しずつ体を動かしてもいいとの事です。

その2週間後(15週目)、健診を受けたところ経過は順調。エコーを見ながら、赤ちゃんが手足を動かしている姿をみることができました。思わず嬉しくて涙が。助産師さんも一緒に喜んでくれました。心配だったよねー、と。

私が自宅安静をしている間、約1ヶ月半くらい、本当に家族や友達に支えられました。
義姉夫婦が食べられそうなものを大量に作って持ってきてくれたり、食材を買ってきてくれたり、両親も1週間分の料理を作って冷凍して持ってきてくれたりと、甘えっぱなしでした。ダンナさんの両親も何か手伝いたいと連絡をくれたり、義妹(年上だけど)も沢山メールで励ましてくれました。

友達も、声掛けづらかっただろうけど、電話やメールで果敢に励ましてくれました(笑。本当にありがとう。

夫の協力はもう何度も書いているとおり。本当に、できない家事はないよね(笑。ぶりの照り焼きもマーボー豆腐も作っちゃったもんね。レシピか指示があればなんでもできるね~!焼うどんも生姜焼きも美味しかったよ。朝からお味噌汁も手際よく作ってた。いよかんを上手に剥いて出してくれた時はびっくりした。自分だって転職の活動真っ最中で本当に余裕がなかったハズなのにね。

この間、思い返したように言ってました。
「俺の転職と、お前のお腹と、両方うまくいくなんて贅沢な話だって思ってたよ。」と。
本当にそうだね。ありがたい。謙虚に生きていこうね、と握手しました(笑。
そんなこんなで、4週間が経過。19週目に健診を受けて赤ちゃんが順調に育っていることが確認できました。

今、21週目の終わりです。無事6か月を迎えることができました。自分は本当に運が良かったと思います。お腹も少しずつ大きくなってきて、今はもうネガティブな思考は捨てました。赤ちゃんになんでもかんでも話しかける毎日です。

18週頃からなんとなく感じていた胎動・・・今度は胎動について書きます!

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腹痛と出血①

ちょうど8週目頃、妊娠3か月に入る頃から、下腹部がしくしくと痛むことがありました。

不安で病院に行ったけれど、着床している位置もいいし出血の気配もなし、強いて言えばその痛みは子宮が大きくなる際の痛みで誰でもありますよ、とのこと。

少し安心しつつ、つわりに苦しむ日々を過ごしながら年を越しました。つらい時は、つわりがあるってことは赤ちゃんが元気に育ってくれている証拠だ!と言い聞かせながら毎日を過ごしていたような気がします。

しかーし。10週目のある金曜日、お昼位からつわりに加えて下腹部痛もしてきたため、今日は夕御飯を作れそうにないから何か買ってきてほしいとダンナさんにお願いメールを送り、横になりながらテレビを見ていた時のことでした。

時間は21時半ころだったかな・・・生理痛のような強い下腹部痛に加えて、おりものが出ているような感触がありました。でもなんだかそれが止まらなくて、あれ?と思いつつ急いでトイレに行ったところ・・・大量に出血してました。ショーツは真っ赤で便器にも血が飛び散っていました。。しかも鮮血なんです。本当にすごい量。

とにかくショックで、いやーっ、とひとり叫びました。やだ、やだよ、やだよーーー、どうして??と泣きながらも、着替えて保険証と母子手帳を用意して病院に電話、タクシーを呼んで、夫に電話しました。きっと3分も経ってないと思う。頭は混乱してたけど、なんだかやるべき事は淡々とやっていました。

その間も、血が流れているのがわかりました。

これだけ出血して、赤ちゃんが無事なことはあり得ないとすぐに思いました。この時期は一番流産しやすいと知っていたし、どんなに手を尽くしてもできることがないこともわかっていたから、とにかく悲しくて、申し訳なくて、妊娠を喜んでくれた家族や友達や旦那さんの顔が浮かんではなんて伝えたらいいんだろうと、やっぱりこんな幸せなことなんて続くわけないんだとか、あり得ないくらいネガティブな思考が巡っていました。

ちょうど帰宅途中だった旦那さんも病院で合流できた頃に診察室に呼ばれ、内診台に上がりました。その時も血が止まらなくて、お医者さんも看護師さんも処置の間超暗い雰囲気を出してくれて、私の気持ちは落ち込むばかりでした。

ようやく血が治まり、内診してみると。。。

「あ、赤ちゃんお腹にいますよ!心拍も見えますよ!」とのこと。看護師さんは慌てて「ご主人呼んできます!!」と言ってる。一緒にエコー画面を見ながら説明を受けました。

今のところ赤ちゃんは無事だけれど、大きな出血の跡が見えているとのこと。今回の出血部分の血はまだ出切っていないから今後も出血は続くだろうけど、数日で止まる。ただし、また新たに出血してしまうと、可能性としてはかなり難しいかもしれないし、母体側の貧血も心配になるので、新たに鮮血が出たらすぐに受診して下さいとのことでした。

できることは自宅で食事とトイレ以外は安静に過ごすこと。胎盤が出来上がる16週くらいまでは、お母さんができることも病院ができることもないんです、と言われました。

タクシーでまた自宅へ戻り、夫からは「今できる限りのことをしよう、後悔の無いように過ごしてどんな結果になったって、僕たちは何も変わることはないよ。」と言われました。

本当にありがたく、心強いな、と感じました。私の気が楽になるように、ひたすらフォローして付き合ってくれました。週末の予定もすべてキャンセルしてそばにいてくれ、それから数週間ずーっと家の事をすべてやってくれました。

あー、思いだしてきた。どれだけ助けてもらったのかを。。。。

②に続きます。

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つわりのこと②

仕事を辞めてからは、家を一歩でも出るとすぐに家に戻りたくなるような体調だったので、他の理由もありましたが、ほぼ2カ月は家に引きこもっておりました。その理由はまた別の記事に。

食事はどうしていたかというと。

毎日毎晩、仕事で疲れて帰ってきた旦那さんが22時に閉まるスーパーに駆け込み食材を買って帰ってきてくれ、作ってくれていたのでした。本当に素晴らしい。本当にありがとう!これから生涯かけてこの恩返しをするよ(涙、くらいの意気込みで感謝している次第です。。

それから、私の両親や夫のお姉さん夫婦も家に来てくれて食事のヘルプやお買いものをしてくれたり、本当に周りに助けてもらいましたshine

私自身は、シャンプーやせっけん、洗剤、化粧水やもちろん化粧品の香りなんて耐えられず、お肌はカサカサになり、すっかり落ち武者shockのようになっていきました。いってらっしゃいの姿とお帰りなさいの姿はもちろん同じ。帰ってくるなり、「で、デジャヴ」と苦笑いの夫でした。

つわり初期は、ひたすらオレンジジュースとイチゴを食べていました。その後、フルーツセラピーというゼリーのシリーズにはまり、次にみかんのヨーグルト(毎日3個は食べてた)、いよかんや八朔など柑橘系果物、アボカド、トマト系ソースのスープやパスタ・・・という感じで変遷していきました。

生クリーム系や、甘いものには一切興味がなくなって、お菓子類は全く食べられず、偏食だったけどポテトチップスやアイスに走ってしまうよりは良かったのかなぁと思っています。

そうそう、フライドポテトは妙に食べたかったな。。

妊娠(つわりや出産を含めて)って、本当に人それぞれで自分だけのものだし、まったく同じ人なんていないし、ましてや同じかどうかなんてわかりようがないですよね。

先輩ママには、「誰かと比べるなんて不毛だよ!自分が一番大変!って思ってればいいの。」と言われました。ぐっと気が楽になったなぁ。

だからこれを読んで、つわりって悲惨・・・と思っても、人によっては全く症状無い人だっているし、それぞれなのであまり心配しないでくださいね。

永遠に終わる日が来ないような気がしたものの、ある日突然気持ち悪くなくてびっくりでした(笑。そこからはむしろ「つわりがないってことは、赤ちゃんがもしや?!」と再び不安がよぎるのでした。これはもう生まれるまで、生まれてからも繰り返す不安なんでしょうね。。。

ちなみにつわりが治まったのは、14週から15週にかけてくらいでした。

長くなってしまった。つわりについて、思い返す限りこんな感じでした。書いてみると、今って私、相当快調かも(笑)up

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つわりのこと①

私は7週のころからつわりが始まってしまいました。

まずは、サロンに満ちている植物の香り、精油やハーブの香り、さらには街に広がる食の香り、すべてが吐き気を催す香りに大変身してしまったのです。大好きだった餃子まで見るだけで勘弁願いたいような状態。納豆もダメ。お約束のご飯が炊けるにおいはもちろんダメでした。TVのCMでお鍋とか出てくるとそれも気持ち悪さを倍増させるし、お料理番組も見られず。自分でゴハン作るのもかなり苦痛になってました。

通勤の電車も悪夢。タバコの臭いや香水、体臭やらポマード系の臭いに夜はアルコールやニンニクの臭い。かなり嗅覚が鋭くなっている模様で、少し離れていてもニオいます。おお。今思い出すだけでも気持ち悪い。歯を磨いていても、奥歯あたりにいくとおえっと(すみません)なりました。。。生ゴミや、ゴミももちろんng

ゴハンを炊く時は、旦那さんが炊飯器を玄関に持っていったり、延長コードでベランダで炊いてくれたり、色々頑張ってくれました(笑。

食べづわり(常に食べていないと気持ち悪さが増す)と吐きづわり(食べた途端に戻してしまう)が交互にくるような状態で、サロンでのお勤めも12月いっぱいが限界でした。急なことでサロンには迷惑をかけましたが、12月いっぱいで退職させてもらい、それから今日まで、専業主婦でございます。。

イメージではつわりって、突然「うっ」とか気持ち悪くなって、トイレに駆け込む、皆が心配する・・・という図を想像していたのに。。全然違いました(笑。24時間、寝ている間も気持ち悪い。つまり眠れない。二日酔いが永遠に続いているような状態。朝と夕方はさらに気持ち悪さが増すんです。

外の空気を吸った方が気持ちいいかも、なんて外に出ようものなら、5分もしないうちに「帰りたい・・・」となってましたdown

あー。思い出してたらちょっと凹んできましたweep

次回はつわりの間の食べ物について書きたいと思いまーすapple

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妊娠発覚の日

生理予定日の1週間ほど前のことでした。生理前日にあるようなちょっとした出血がありました。(今思うとこの出血は、着床出血だった。)

あーまた来ちゃったんだ・・・とショックを受けつつ、メールで旦那さんに報告。直接顔を見ていうのは辛いので、ずっと生理報告はメールでしていました。その日も私の体調を心配してくれる夫。ごめんね、と心の中でつぶやいていました。

でもその日から、2週間経っても一向に始まる気配なし。生理予定日から一週間後、病院に行ったところ妊娠陽性との診断がshine
ほ、ほんとですか!!と食いついたら、「落ち着いてください。子宮外妊娠やその他の可能性もありますからまずは血液検査をしましょう。」とのこと。結果を待つまで、なんだか手が震えてしまいました。結果はちゃんと子宮内で着床しているとのことrock

その後、仕事へ向かう道すがら、涙が止まりませんでした。ダンナさんにも報告すると、「よくやった!」との返信が。よくやったのはあんただよ、と言いたかったけれど、そんなことはどうでもいい。早く会って喜びを分かち合いたいという思いでいっぱいでした。

この日から一週間おきに通院して、胎嚢の確認、心拍の確認ができたら産院へ転院してもらうとのこと。どこで出産したいか考えておいてくださいね、なんて話がどんどん進んでいて、予定日まで伝えられちゃって、なんだか頭が混乱。まだ豆粒にしか見えないのに、そんなこと考えていいんだろうか?バチが当たるんじゃないか、とかよくわからない思考回路です。

その後の2週間は、また今までとは違う不安と期待に包まれていました。街を歩いていても、ひとが寄ってくるとなんだか妙に身構えてしまったり。今、大事な時だからぶつからないでよね、みたいな感じです(苦笑。

2週間後、無事に心拍が確認できて、自宅近くの総合病院への転院が決まりましたhospital

一応自然療法(アロマやフィトセラピー)に関わっているものとしては、助産院などでの自然出産をしたかったけれど、坐骨神経痛や頚椎のヘルニア、ソケイ部のヘルニアまで抱えている私です。夫が総合病院でないと、と断固として許してくれませんでした。
確かに、その方がいいかもしれない。

総合病院で血液検査など、ひと通りの健診を終え、次回は4週間後に来て下さいとのこと。そんなに長い間放置されるんだ!とびっくり。どうやって無事に育っているかどうか確認すればいいの??と思ったけれど、激しい運動を避ける以外になんら生活制限はないし、4,5ヵ月までは母体側の問題でどうこうなることはないんですね。つまり何もできない。。待つしかないのです。

もちろん、バランスの良い食生活などは大切だけれど、そんな不安をよそに、無事に育っているらしい兆候が出てきました。

そう、恐怖のつわりです。。。次回はつわり生活について書こうと思いますsign01

あ、書き忘れましたが、総合病院の方で母子手帳をもらってきてくださいと言われました。早速、市政センターに行き申請をして交付されました。受付の女性がとてもニコニコとおめでとうございます、頑張ってくださいね☆なんて言ってくれてうれしかったな。健診の補助券や、その他沢山の資料をもらいました。マタニティマークのストラップも入っていましたが、お勧めは駅で配っている方のマタニティマーク。病院でもこちらをつけている人が多いです。090311_213331

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