お医者さんの言ったとおり、それから1週間くらいは出血がダラダラと続き、3日目くらいからはおりもの用のシートでも間に合うくらいになりました。
ほとんど出血が無くなってからも、トイレに行くたびに怖くて、少しでも下腹部に痛みがあると胸が苦しくなりました。
でも、この出血のおかげで、つわりの苦しみなんて赤ちゃんが無事でいてくれることに比べたらなんでもない、と思えるようになり、もっと来い!!いくらでも来い!!!とかそんなことを考えていました。
3週間経ち、だいぶ気持も前向きになってきた13週目の終りのある日。悪夢が再びやって来ました。
前回ほどではないものの、おりものとは呼べない量の出血です。ただ、色は前回のような真っ赤な鮮血ではなくて、茶色っぽい出血でした。
翌日、再び病院へ行きました。
すると、今回は「絨毛膜下血腫」との診断名。妊娠初期にはよくあることだと言います。
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以下妊娠用語辞典からの引用:
絨毛膜下血腫とは、子宮壁から胎盤がはがれることによって起こる出血です。胎児の成長に伴い子宮が大きくなるにつれて、胎盤が引き伸ばされたり、少し剥がれたりすることがあります。これを絨毛膜下血腫(じゅうもうまくかけっしゅ)といい、妊娠初期にはよく見られることで胎盤が完成される妊娠4~5ヶ月には治まっていきます。
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今回の出血は自然に吸収されるので心配ないですよ、と言われひと安心でした。
20週までは積極的な運動は避けて、出血が治まれば家のことをやり始めるなど少しずつ体を動かしてもいいとの事です。
その2週間後(15週目)、健診を受けたところ経過は順調。エコーを見ながら、赤ちゃんが手足を動かしている姿をみることができました。思わず嬉しくて涙が。助産師さんも一緒に喜んでくれました。心配だったよねー、と。
私が自宅安静をしている間、約1ヶ月半くらい、本当に家族や友達に支えられました。
義姉夫婦が食べられそうなものを大量に作って持ってきてくれたり、食材を買ってきてくれたり、両親も1週間分の料理を作って冷凍して持ってきてくれたりと、甘えっぱなしでした。ダンナさんの両親も何か手伝いたいと連絡をくれたり、義妹(年上だけど)も沢山メールで励ましてくれました。
友達も、声掛けづらかっただろうけど、電話やメールで果敢に励ましてくれました(笑。本当にありがとう。
夫の協力はもう何度も書いているとおり。本当に、できない家事はないよね(笑。ぶりの照り焼きもマーボー豆腐も作っちゃったもんね。レシピか指示があればなんでもできるね~!焼うどんも生姜焼きも美味しかったよ。朝からお味噌汁も手際よく作ってた。いよかんを上手に剥いて出してくれた時はびっくりした。自分だって転職の活動真っ最中で本当に余裕がなかったハズなのにね。
この間、思い返したように言ってました。
「俺の転職と、お前のお腹と、両方うまくいくなんて贅沢な話だって思ってたよ。」と。
本当にそうだね。ありがたい。謙虚に生きていこうね、と握手しました(笑。
そんなこんなで、4週間が経過。19週目に健診を受けて赤ちゃんが順調に育っていることが確認できました。
今、21週目の終わりです。無事6か月を迎えることができました。自分は本当に運が良かったと思います。お腹も少しずつ大きくなってきて、今はもうネガティブな思考は捨てました。赤ちゃんになんでもかんでも話しかける毎日です。
18週頃からなんとなく感じていた胎動・・・今度は胎動について書きます!
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